恋をしました。
周りのみんなはもう好きな人がいて、進んでいる子は付き合ったり、している。
女の子だけで集まると、大抵誰が好きかの話になるのだけど、私はあんまり「好き」って気持ちがわからなくて、いつもなんとなくみんなに合わせて適当に答えていた。
男の子がそんなに好きで、ドキドキしたり、キュンキュンしたりなんて、私にはよくわからない。
クラスで一番人気の子や、人気のアイドル、俳優さんを見ても、カッコいいなとは思うけど、それでキャーキャー言ったり、熱狂したりするような感じにはならない。
とにかく、私にはまだ誰かを好きになったりなんて無縁なんだと思っていた。
でも運命の日は突然やって来た。
夏休みにYouTubeでたまたま見た、カブト虫同士を戦わせる動画で、日本のカブト虫が小さいのに大きなヘラクレスオオカブトを投げ飛ばす姿を見て、カッコいいと思ってしまった。
その日からカブト虫のことが頭から離れず、何をしていてもカブト虫のことを考えてしまう。
あの黒とブラウンの混ざったような美しく光る外殻、すらっと伸びたスマートな角、丸みがあって可愛らしいフォルム、全てが愛おしい。
親友のみつほちゃんに、そのことを言ったら「えっ、カブト虫が好きなの?本気なの?」て言われて、「私今までみんなが男の子のこと好きっていうのわからなかったんだけど、カブト虫を見てると何か胸がキュッてするんだよね。」って答えたら「そうなんだ…じゃあ私応援する!」って言われて、嬉しかった。
お母さんは、私よりアイドルに夢中になっているくらいだから、何で私がそんなに「カブト虫、カブト虫」って言っているかわからないみたい。
お姉ちゃんは何も言ってなかったけど、図書館から昆虫の図鑑を借りてきてくれて、優しいなって思った。
お盆にはおばあちゃんの家に遊びに行く。
いとこのよっちゃんが、毎日虫捕りに行くのをバカバカしいと思っていたけど、今年は一緒について行って、絶対カブト虫を捕まえる。
今から楽しみで仕方ない。
この前、近所の神社に行ってカブト虫がいそうな木を探していたら、秋山くんが自転車で通りがかった。
「栗原、何してんの?」
「何でもない。」
「この木に何かいるん?」
「…秋山くんには関係ない。」
「お前、カブト虫好きなんだってな。」
「えっ」
「俺んち二匹いるから、あげようか?」
「いらない。」
「好きじゃないのかよ、カブト虫。」
「自分で捕まえるから、いい。」
「カブト虫ってこんな街の中にはいないんだぞ。」
「わかってるよ!今度おばあちゃんちに行った時に捕るもん。」
「そうか、じゃあ捕まえたら見せてくれよ!じゃあな。」
何で私がカブト虫を好きなこと、秋山くんが知ってたんだろう。
みつほちゃんが言ったのかな…言ってたならショックだな…
おばあちゃんちに行った。
よっちゃんに「虫捕り連れてってよ」って言ったら、「ムリ」って言われた。
最近魚釣りにばっかり行っているらしい。
でもどうしても虫捕りに行きたくて、おじさんに頼んで夜連れて行ってもらった。
でも、なかなか見つからない。
木に蜂蜜を塗っておいて、また明日見に来ようってことになった。
次の日の夜、蜂蜜を塗った所に行って、懐中電灯で照らした。
何かいる。
黒かったので「カブト虫!?」って興奮したけど、クワガタだった。
よっちゃんは今日は付いて来ていて、喜んでいたけど、私はあまりクワガタは好きじゃない。
あの、のっぺりした姿、カブト虫の方が、カッコいいし可愛い。
他の木も探したけど見つからなくて、仕方なく帰った。
明日はお墓参りをしてから帰ってしまうので、もう見つけられないかもしれない。
朝早くまた木の所に行ってみたけど、やっぱり見つからなくて、お墓参りに行く時間になった。
お母さんが手桶とお供え物、お姉ちゃんがお花、私はお線香とろうそくを持って、お墓へ出かけた。
そしてその道すがら、クヌギの木にへばりついているカブト虫を見つけた。
びっくりしすぎてお線香を落としてしまい、バラバラになってお母さんに怒られた。
でも嬉しくて、それどころじゃなくて、飛んでいかないように注意しながら、Tシャツの上に這わせておいた。
家に帰ると、お父さんが水槽とカブト虫の飼育セットを買ってくれた。
私はカブト虫を「ヒロト」って名前にした。
お父さんはクロマニヨンズのファンなので、すごく喜んでいた。
ヒロトは毎日元気で、今日もあげた餌をモリモリ食べている。
私はそんなヒロトを見ながら過ごすのが好きで、お姉ちゃんに「ニヤニヤしすぎ」って言われた。
明日みつほちゃんと遊ぶことになっているけど、ちょっと嫌だな。
この幸せがいつまで続くんだろう。
ヒロトはいつまで生きていられるかわからないから、一日一日を大切にしたい。
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