世の中、様々な店でBGMがかかっている。
店舗で音楽をかける理由は色々あるのだろうが、それについて少し思ったことをまとめてみようと思う。
現代でこそ録音というものが定着し、日常的に音楽を聴くことは普通になってしまったが、そうなる前はもっと音楽を聴くということは特別なことだっただろう。
歌は日常的にあったかもしれないが、プロフェッショナルな、ある水準以上の音楽というのは、劇場であったり、お座敷であったり、祭り、儀式などといった場所でしか、聴くことはなかったのではないか、という気がする。(仮説だが)
音楽には、神様への捧げものであったり、死者を弔うものであったり、そういった意味合いも強かっただろう。
そういう場は非日常であり、そうなると音楽というものもやはり非日常的な要素が強かったのかもしれない。
つまり、音楽が鳴ることにより、日常が非日常の空間に変わる、ということであり、そこでは違う世界が出現する。
それは神の世界であったり、死者の世界であったりするかもしれない。
で、現代のBGMにもそういった要素があるのではないか、と思ったのである。
店舗に入り、BGMが聴こえ、それが非日常の世界への導入となる。
つまり、音楽があることにより、そこは生産するという日常から、消費する、という非日常へと変わる。
その空間では(従業員以外であるが)全ての人は消費者として対等であり、一種の仮想空間というか、幻想の場といったようなものが出現している、と考えてもいいかもしれない。
もちろんそうなると音楽が鳴っている所は全て異界となってしまうのであり、もう世界むちゃくちゃやんけ、と思われるかもしれない。
でも音楽に現実感を失わせる要素があるのはたぶん間違いない。
それはライブハウスやクラブ、フェスといった場所でもそうだし、電車の中でヘッドホンで音楽を聴きながら窓の外を見ているだけで別の世界に来てしまったような感覚になることもある。
トリップする、という言葉があるが、現代では日常的に、知らず知らずのうちに異空間へと行ったり来たりしているのかもしれない。
ということで今日は終わります。
0コメント