僕の生まれ育ったところは山奥のど田舎であり、木造の、全校生徒は百人未満という、小さい小学校に通っていた。
今はもう廃校になって久しく、建物自体も取り壊されてしまったが、まだはっきりと、そのボロい校舎の記憶はある。
その当時、低学年、中学年、高学年で子ども達だけで行っていい場所というのは決まっていて、高学年になっても隣の校区へ行くことは絶対の御法度であった。
そんな小学五年生のある日、隣の校区にある温泉街のプラモ屋へどうしてもプラモデルを買いに行きたい、という有志が集まって、休みの日にお忍びで出かけることになった。
もちろん校則違反であり、みんなビクビクである。
もし誰かに見つかろうものならばすぐに学校側に報告が行き、とんでもない事態になることは目に見えている。
(あまり詳しいことは書けないが、各先生には、罰を与える時にはこれ、という必殺技があるという噂があり、それを聞くたびになんて痛そうで恐ろしい技なんだと恐怖したものである。まだそういうことがあまり問題にならないギリギリの時代だったと思う。)
僕もその中に加わったが、それまで先生から怒られたこともないくらいの感じだったので、そういった不良行為はもちろんはじめてであった。
しかしプラモが欲しいという誘惑は抑え難く、へそくりの千円札を握りしめて予定のバスに乗り込んだ。
バス停にして五つ目、距離にして三キロほどであろうか、隣校区の温泉街へとたどり着いた。
温泉街といってもかなりひなびたもので、旅館が二、三件とわずかに日用品や食料品を売っている店、床屋などが立ち並んでいるだけの街路があり、その一画にかなり古い建物の老夫婦がやっているプラモ店(というか雑貨屋の中にプラモデルも売っているという感じであるが)もあった。
いざ店に入ってみると、かなり古そうな年季の入ったものしかなく、僕たちが望んでいた、ミニ四駆とか、ガンダムとか、そういったものは一切なかった。
一緒に行った友達数人と迷ったものの、せっかく来たし、ということで、全く知らないアニメの、全く知らないロボットのプラモを手に取った。
値段が書いてなかったが、大丈夫だろう、とレジに持っていったところ、「八百円です」と言われた。
僕の手元には虎の子の千円しかなく、そのうちバス代が片道百五十円なので、アホな自分でも帰り賃が無いことに気づいたが、はじめて子ども達だけで行った店で、はじめてのレジ、店番の老婦人にどうしても「やっぱりやめます」と言えず、買ってしまった。
ということで手元には五十円しか残らず、まあ誰かに百円借りればいいやくらいに思っていたのかもしれないが、一緒に行った友達もみんな舞い上がっていたのか、軒並み予算オーバーをして変なプラモやらなんやらを購入しており、帰りのバス代がなかった。
仕方ないので、みんなで歩いて帰ろうということになった。
国道沿いの歩道を歩けば、一番わかりやすく早いのだが、もし車で通りがかった先生やら、他の同級生やらに見られでもしたら、大ごとになってしまう。
ということで、人通りの少ない道や田んぼ道をできるだけ選んで歩いていたのだが、途中その道がちょうど国道沿いに少し平行する場所があり、そこに至った時に通りがかった車から視線を感じた。
そう、それは最近赴任してきたばかりのNという若い男の先生の車だったのである。
「やばい、見つかった!」と思ったが、時すでに遅し、件の車は走り去っていき、しかも僕以外のメンバーは運良く生い茂った草むらに視線を遮られ、目撃されていなかったようだった。
翌日から僕の心の内は憂鬱で仕方なく、いつ呼び出しを食らうのか、怒られ罰を受けるのか、と不安で不安で不安で、円形脱毛症になるんでは無いかというくらい思い悩んだが、一向にその気配はなく、N先生も至って通常どおりで明るく冗談などを飛ばしている。
その後二日経っても三日経っても呼び出しなどされる気配はなく、N先生から何か言われる訳でもなく、日々の心労により僕は夜も眠れずすっかり憔悴し、この世の終わりのごとき毎日を過ごしていた。
オーバーなようであるが、この当時の僕の恐怖心というのは相当なもので、ノストラダムスの大予言くらい心を痛めていた。
そんなある日、放課後部活の卓球練習が始まる前(うちの小学校では四年生から強制的に放課後卓球の練習をするという習慣があった)校舎の玄関近くのトイレ前で、N先生とバッタリ会った。
「うわっ」と一瞬逃げようかと思ったが、そそっとN先生はこちらに寄ってきて、耳元で「校区外に行っちゃダメだよ」とささやいた。
「ごめんなさい」とあやまると、N先生は笑顔で去っていった。
それは優しいN先生そのものであった。
僕はホッと胸をなでおろし、見られたのがN先生で良かったと心の底から思った。
そしてそれ以後、こんな思いをするのなら、いたずらにルールを破るようなことは二度とすまい、と胸に誓ったのである。
ちなみに買ったプラモデルであるが、接着剤が無いと組み立てられないタイプで、シールも水に浸けて剥がさないといけないものだったのだが、普通に剥がせるやつだと思っていじくっていたら破れてしまい、もういいやと放置したまま、どうなったのか全く覚えていない。
あのプラモ、今でも手元に持っていたら結構いい値段付いたかもしれないな、と少しだけ思うが、なんのアニメだったかも全く思い出せないので調べようがない。
全然関係ないが、同じく小学生の頃クノールのカップスープの懸賞でミッキーのテレカ(この単語がすでに懐かしいが)が当たって、限定品だったので将来絶対プレミア付くと思って大切にしまっておいたのだが、それもどこへ行ったのか…
今時大金を払ってテレカを欲しがる人がいるのか、疑問ではあるが。
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