私は今、四十二歳。世間的に言われる、いわゆる「引きこもり」になって二十年以上経つ。
生まれてこの方、実家以外に住んだことはないし、多分これからもないだろう。両親が生きている限りは。
社会的に賃金の発生する労働をしたのは、二千年の十月、当時アルバイトしていたファーストフード店が最後である。
それ以後、ずっと私は家にいて、ほとんど外出することはない、と言いたいところだが、意外とそんなことはない。
普通に外へ出かけるし、どこへでも行く。
最初の頃、全く外出しない時期もあったにはあったが、それほど長い期間ではなかった。
両親は、はじめはあまり何も言わなかったが、大学卒業に暗雲が垂れ込めてくる頃になると色々口を出し始め、ケンカ、言い合いなども結構あった。
しかしある時期からはもう諦めたようである。
私の趣味は、意外と思われるかもしれないが、求職活動である。
ここ十年くらい、ずっと続けている。
週一回は必ずハローワークへ行くし、求人サイトも日々チェックしている。
どこか目ぼしい企業はないかと、日経新聞を毎日読んでおり、東証一部上場の企業などは株価と共に大体覚えているし、東証二部、マザーズ、ジャスダックも見ている。
会社四季報も欠かさず購読している。
誰もが知っているような企業には大体履歴書を送ったし、何ならグループ会社全てに応募した所だってある。
これまでに履歴書を送った会社は、三千社くらいにはなっているのではなかろうか。
五百までは数えていたが、途中から面倒になりやめてしまった。
ちなみにそれだけ受けて、採用された企業はおろか、面接まで進んだ企業すら、一社もない。
全て書類選考で落とされる。
何なら応募して全く返事が返ってこないことすらザラにあり、まぁあちらさんもこちらの趣味に付き合っている暇などないのだろうが、その辺りでもどのような会社かを判断している。
別に落とされようと思って応募している訳ではなく、履歴書も職務経歴書も全て本気で書いているし、受かれば就職するつもりだ。
私は本気で求職活動をしているのである。
求職活動を始めてから、母は喜んだが、父はもうちょっと現実を見ろと言い、大企業、有名企業にばかり応募する私のことをただのおふざけだと思っていたようである。
ところが活動して三年ばかり経ったある日、父が不意に、とある企業が業績好調だと聞くが、実際のところどうなのだろう、という様なことを聞いてきたので、私は、確かに好調であるが、すでにピークは超え、頭打ちの感があり、同じ分野であればこちらの企業の方が将来性が見込める、などと答えた。
後ほど母に聞いたのだが、父はそれから間も無く私が教えた企業の株を買い、それなりに儲けたようである。
それからというもの、父も母も私に批判的なことを言うことは無くなり、父はたまに私に最近どこの企業に応募したか、どのような分野、企業がこれから伸びそうか、などの会話を持ちかけてくるようになった。
母に毎回頼んでもらっていた履歴書代、郵送代なども、それ以降渋られることはなくなり、言えば必要なものは何でも買ってもらえるし、パソコンを新調してくれたり、月々の小遣いもくれるようになった。
私はただ就職したかっただけなのであるが、もはや働かなくても支障はないくらいの資産ができてしまったようである。
しかし私は求職活動をやめる気はない。
なぜならそれだけが私と社会との唯一の接点であり、日々他にやることもないからである。
私はどこかの企業に面接に向かう日が来るのであろうか。
小遣いをもらえるようになってから貯めた金でスーツを新調したのだが、まだ一度も袖を通していない。
その日が来るまで取っておこうと思い、ずっとそのまましまってあるが、買った時からかなり太ってしまったので、もう着れないかもしれない。
もし現在求職活動中の人がいるならば、こう言いたい。
たとえ上手くいかなかったとしても、落ち込む必要はない。
あなたは企業に選ばれている一方で、あなたもまた、企業を選べる立場にあるのだ。
思わぬところに思わぬ宝が埋まっており、予想だにしないことが待っていたりする。
だからどうか、諦めないでいただきたい。
私もまた、諦めない。
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